フォルクスワーゲンとは

ドイツの自動車製造メーカー。第二次大戦前にナチスの国策のもと設立された。フォルクスワーゲンと言う名称は同時に、フォルクスワーゲンタイプ1をさして呼ばれる事もある。フォルクスワーゲンの意味は、国民車、或いはドイツ民族の乗用車と言う意味がある。この名称は最終的にKdF-Wagen(歓喜力行団の車)と改名された。1934年、ベルリンモーターショーに於いて、アドルフヒトラーが国民車計画を提唱した事を受けて、フェルディナントポルシェが設計したのが、フォルクスワーゲン(国民車)タイプ1であった。このタイプ1は後にワーゲンビートルと呼ばれて親しまれ、長年生産される事となるあの有名な車である。タイプ1は丸い流麗なボディデザインと、先進的なメカニズムで登場した。エンジンは水平対向4気筒OHV、リア搭載のリア駆動だった。ここまではレーシングカーとして生まれたポルシェ911とほぼ同じである。しかし1939年9月。第二次大戦が始まるとフォルクスワーゲンは軍需生産に移行し、民間向けの車を一切生産しなくなった。これに因り歓喜力行団の車計画は頓挫してしまったのである。戦後ドイツ全土が連合軍占領下に置かれ、KdF工場は接収され撤去されようとしていたが、その重要性に気付いたイギリス軍が最終的に管理下に置いた。KdF車はイギリスの自動車メーカーの調査の対象となった。しかし先進的なメカニズムのかたまりを、保守的なイギリス自動車メーカーの技術者達には理解出来なかったのである。これに因り評価に値しないとしてイギリスに設計を収奪されなかった事は、フォルクスワーゲン社にとっては幸運であった。更にイギリス軍将校アイヴァンハーストがKdF工場の管理を司った事がフォルクスワーゲンを躍進させる切っ掛けとなった。彼はKdF車の技術力の高さと将来性、ドイツ人労働者の資質の高さを見抜き、廃墟同然であったKdF工場を復興させたのだ。1945年にフォルクスワーゲン社は改編され、KdF車もフォルクスワーゲンタイプ1として改名され生産を再開、1947年には輸出もされるようになったのである。タイプ1はその後ビートルと呼ばれ、幾多のマイナーチェンジを繰り返しながら全世界で利用されるようになった。2003年に生産終了し、1998年から量産が始まったニュービートルに舞台をバトンタッチするまでの間に生産された車台数は、有に2152万台以上に及んだ。

フォルクスワーゲンパサート前期

ワーゲンビートルのみでの生産主軸に危機感を覚えた経営陣が、その状態からの脱却を狙って出した答えがこの車だった。1973年〜1980年。初代。アウディ80初代のプラットフォームをベースとして生産された。ベースがアウディ80だったので、エンジンは直列4気筒SOHC縦置き、前輪駆動だった。エンジン排気量は1500ccキャブレターガソリン、1600cc電子噴射ガソリン、1500ccディーゼルがあった。ボディバリエーションは3ドアハッチバックだけだったが、後にヴァリアントと呼ばれる5ドアワゴンと5ドアハッチバックも追加された。日本への輸入はこの初代から行われている。
1980年〜1988年。二代目。依然としてアウディ80をベースとしている。3ドアハッチバックは生産されず、ヴァリアントと5ドアハッチバックがラインアップに残った。
1981年にはノッチバックのサンタナが登場した。
1984年4WDの駆動系を搭載したシンクロが登場した。これは日産の座間工場でもノックダウン生産されていたので、日産サンタナとして国内でも買う事が出来た。このモデルは同時期にゴルフに販売の主力が移り輸入がされて居なかった為に、こんな事になってしまったのだ。エンジンは直列5気筒2000cc、直列4気筒1800cc、直列4気筒1800ccターボディーゼルがあった。
1988年〜1993年。三代目。アウディとの関係は切れ、やっと普通の横置きエンジンとなった。丸みを帯びたデザインとなり、グリルレスとなった。ハッチバックはラインアップから外れ、セダンはサンタナの名称を削除されパサートに統一された事で、ヴァリアントとの2車種だけとなった。当初は2000cc直列4気筒DOHCが全車に搭載されていたが、末期になって2800ccV型6気筒SOHCが追加された。

フォルクスワーゲンパサート後期

1993年〜1997年。四代目と呼ばれているが、実際には単なる大きなマイナーチェンジ版である。外観が大きく変更され、特に要望が多かったフロントグリルが気流取り入れ型となった。このフロントグリルの中央に大きくフォルクスワーゲンマークをあしらったデザインは、後のワーゲン車のスタンダードとなった印象的なデザインだ。
1997年〜2005年。五代目。何と合理化政策のあおりを受けて再びアウディとの関係が復活してしまった。ベースモデルはアウディA4で、縦置きエンジンが戻って来た。エンジンは1800cc直列4気筒DOHC、1800cc直列4気筒DOHCターボ、2000cc直列4気筒SOHC、2300ccV型5気筒SOHC、2800ccV型6気筒DOHC、4000ccW型8気筒SOHCがあった。年を追う毎に高級指向となり、そのライバルはBMW5シリーズをターゲットとした。W型エンジンとはV型エンジンの両バンクの間にもう一つのピストン列を追加した形のエンジンである。これ以上増やすと、星形となり航空機用エンジンに特に使われている型式である。
2006年〜現在に至る。六代目。W型エンジンが消え、エンジンは横置きに改められた。ゴルフのプラットフォームを使用し、サイズは拡大された。エンジンもゴルフと共有した。
2000cc直列4気筒DOHC、2000cc直列4気筒DOHCターボ、3200ccV型6気筒DOHCが揃っている。私はほんの数メートルだが、ゴルフを運転する機会に遭遇した事がある。年式は近年型だった。ドアを閉めた途端に外部とは完全に隔離された様な気分になった。動かしてみるとその感想は更に大きな物となった。車体は路面の状態に比例して素直に反応するのだが、その車体が普通ではなかったのだ。車体は路面の状態を受け止めて歪みもせず衝撃を吸収しなかった。まるで硬く強固な鉄の檻の中に居る様な感じが伝わって来たのである。こんなにボディ剛性がしっかりした車に乗った事がなかった私は、感激してしばらくゴルフを眺めていた。

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